子育て研究所

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Lesson 9-5 事例

 事例として、私が重度の障害者施設に勤務していた頃の勉強会の資料から引用させていただきました。有志が集う勉強会で、発表させていただいた時に資料としてお配りしたものを元に再構成しています。職員勉強用のものですから、難しいと思いますが。

勉強会資料
 施設内に、発作的に暴れる利用者がひとりいました。(以下Aさんとします。)普段は温厚な性格なのですが、様々なことが原因となって、発作的に怒りだし、職員や他の利用者に対して掴(つか)みかかるので、困っていました。それに対して、去年の暮れ頃から、取り組んできた内容について述べたいと思います。

それまでの様子
 Aさんは下半身が麻痺(硬直性)して動かない状態なので、車椅子を利用しています。上半身の動きは充分でないながら、作業は可能です。2年ほど前から、視力が極端に低下し、今では目がほとんど見えない状態で、明かりがかすかにわかる程度のようです。知的障害もありますが、日常の簡単な会話は可能で、目がよく見えていたときは、自分の名前をひらがなで書くことができていました。
 2年前は「急に暴れる」といった発作は年に2、3回しかありませんでしたが、去年はだんだん頻度が多くなり、月に数回が、週に数回、毎日、一日数回という感じで増えてきました。それでも、穏やかに1、2週間過ごすときもあり、不規則ながらも、周期的に発作が襲ってくるようでした。発作の頻度が高くなると、医者に相談し、薬の種類を変えてもらいます。それが功を奏すれば、しばらく(数ヶ月)はおとなしく、みんなと仲良くできます。
 発作の時のAさんは、「○○君が大きな声を出した(その声でびっくりした)」とか、「朝、お母さんに叱られた」とか言いながら、近くにいる職員や利用者の服を掴んで離さないのです。ところが、去年の終わり頃、「急に暴れる」ことが極端に多くなり、他の利用者や職員の安全も確保しないといけないということで、役員を中心に対策を考えることになりました。

それまでの対応の仕方
 それまでは、Aさんが暴れだすと、近くにいる人の服をつかんだり、髪をつかんだりするので、手を離させるために、職員がどっとAさんの方に駆け寄り、力ずくで手を離させていました。しばらくして、Aさんの興奮がおさまると、Aさんも素直に謝り、もう二度としないことを誓うのですが、そのことが何度も繰り返されるので、しばらくはお説教されます。心理的要因よりも、病的要因の方が大きいと思っている職員は、「まあ、まあ、Aさんも病気でそうなるんだから、許してあげなさいよ」と被害にあった人や説教している職員にとりなしていました。
 ですから、Aさんが暴れだすと、他の利用者の方が手薄になります。野次馬(やじうま)的にただ見に行っているだけの職員もいます。もちろん、それはこんな時に何もしないのは申し訳ないという気持ちで駆け寄るのでしょうが、現実的には近くで「困った、困った」と言っているだけの野次馬と変わらない対応しかできないようです。

分析をする
 Aさんが暴れて、ひとりの利用者が首をひっかかれたことが原因で、話し合いがもたれることになりました。父母の会会長、保護者代表、主任、副主任(2名)の5人で話し合いました。私は副主任でしたので、参加しました。
 原因は何かということで、「朝、お母さんに叱られたことが原因ではないか?」、「病院の薬が合っていないのではないか?」、「目が見えなくなってきているので、ストレスが溜まっているのではないか?」、「職員にかまってもらいたいから、そうしているのではないか?」といったような意見が出ました。
 「職員にかまってもらいたいから... 」という意見は、他の職員から出たものですが、私も的を射ていると思いました。その他のことも原因かも知れませんが、その他のことで職員に出来ることは、お母さんに叱らないようにお願いすることぐらいで、専門医の範疇(はんちゅう)になり、私たちにはどうすることもできません。
 「私も、職員にかまってもらいたいから... というのが原因のひとつではないかと思う」と言いますと、他の人も特に反対はなく、それもあるだろうと同意に至りました。(さすが、役員の方々よくわかっていらっしゃる。) 私もそう思った理由は、普段のAさんはおとなしく座椅子に座っていることが多く、時々思いついたように話しかけたり、握手を求めたりしていました。職員もその時にはAさんに応対するのですが、どうしてもワイワイ騒ぐ利用者やコミュニケーションの可能な利用者の方に流れがちになるのです。そういった中で、視力が弱くなってきて、具体的な関わりがないと所属感が不足しがちになることもあって、暴れることによって、無意識的に注意を引こうとしているのだろうと判断したのです。

対策を考える
 次に、具体的にどうすればいいかという話になり、意見を出し合いました。「せめて、利用者に害が及ばないように、常にAさんに注意しておくなり、近くに職員がいるようにしておく」とか、「(しばらく前に換えてもらったばかりなのですが)医者に頼んで薬を換えてもらう」とか、「心理カウンセラーに頼む」などの意見が出ました。さらに、気を引こうとしていることに関しての対応として、「もっと褒めてあげよう」ということになりました。今まで述べたように、ほめるのは最善ではないと思いますが、話し合いでの合意としては、いい方向にまとまったと感じました。

 さて、ここまではほぼ合意したのですが、Aさんがパニックになった時にどうするか、という事では意見がまとまりませんでした。次のような意見が出されました。
・最小限の指導員が集まる・
 「必要以上に多くの職員がAさんのところに集まるのは良くないので、必要最小限の職員が集まればいい」という意見はすぐに合意に達しました。しかし、私がそう考える理由と他の役員がそう考える理由は違っていました。他の役員は、他の利用者の所が手薄になるというのが主な理由でしたが、私の理由は、注目を集めるためにそうしているのに、Aさんのその行為によって、職員がAさんの所に集まっていったら、Aさんの思うツボになってしまうという理由からです。すなわち、「暴れれば職員が集まってきてくれる」という適切でない無意識の信念を強化することになるという理由からです。
 そうではなくて、「暴れなくても、みんなAさんのことは好きだし、みんな仲間なんだよ。Aさんも大切な一員なんだよ」ということを感じられるように援助したいのです。だから、Aさんが適切な行動をしている時や何でもない時に、無視しないで関わりあってあげることが必要なのです。適切な行動をしている時だけ関わることをお薦めしないのは、テストの点で判断する例のところでお話しましたよね。人間というのは、生きている(存在する)だけで、尊い価値があるということをそういった現場では実感させられます。

・言い聞かせる・
 言って聞かせる方法が効果があるのは、相手がそのことを知らない場合です。煙草を吸っている中学生に、「煙草は20歳になるまで吸ってはいけないことになっているのですよ」と言って、「そうですか、それは知りませんでした。では、やめます」とは言わないでしょう。無駄ではありませんが、有効でもありません。

・叱る・
 どうも皆さん、この方法から逃れられないようで、下手に育児書を読んだりして、叱るのは良くない、口うるさくするのは良くないとわかっていてもついやってしまって、逆に落ち込む方も多いようです。このホームページの内容もそうならないように、叱ることのデメリットはお話しましたが、叱ることを否定はしていませんし、叱る代わりにすることを具体的に提案しています。その時の話し合いでは、このように提案してみました。
 叱るという方法について、私はこう言いました。
 「いままでも叱ってきましたが、なかなか良くなりませんでしたね。もしかしたら、まだ叱る量が足りないのかも知れませんね。今までの2倍ぐらいきつく叱ってみたらどうですか?」と。
 すぐさま女性職員が「そんなことをするともっとひどくなると思います!」と言いました。
 「そうですか、では、4~5倍ぐらいにしてみましょうか?」と私。
 「そんなことは絶対に無理です。もっと悪くなるばかりです!」と女性職員がいい、他の人もうなずきました。
 「そうですか、それでは叱る方法はどうやっても駄目だと言うことですね。別の方法を考えましょう」と私は締めくくりました。
 ここまで言わないとなかなかわからないものです。叱っても駄目だと言うことは本当は誰もが薄々感じているのです。でも、叱らなかったらもっとひどくなると思っているのです。(実際は、叱った方がひどくなると思いますが....。)
 なぜ、叱るという方法から抜け出せないのでしょうか。「叱ることをやめましょう」といきなり言うと、みんな困るんです。なぜなら、暴れているのに、大変な状況なのに、何もしないということですから。「叱る」といういことで、「自分はこの問題に対して一生懸命働きかけているんだぞ!」、「悩んでいるんだぞ!」ということを周りに対しても、自分に対しても示すことができているんですね。無意識のうちに体裁を保っているんです。だから、効果がないとわかっていても、叱るという方法から抜け出せないでいるのです。
 あと、本当にそれ以外にマシな方法が見つからないというのも原因かも知れませんが....。体裁のために叱るという経験は意外とよくあることのようです。
 そういう逆説的な説明をして、やっと叱るのが適当な方法ではないと理解してもらいました。これも失敗から学ぶということでしょう。ただ、大人のほうが人生経験が長い分、実際に失敗させなくても、思考のシュミレーションでわかっていただけるので楽です。

具体的案の提示
 最後に問題になるのが、じゃあどうするのか? ということなんですが、指導員でできることは、教育的(しつけ的)なことだけで、薬がどうのこうのと言うことはできないのですから、一応、私の意見をお話ししました。
 「暴れだしたら、別の部屋に連れていって、無理ならば部屋の隅に連れていって、おとなしくなるまでそのままにしておくのがいいと思います」
 「その方法は、以前にKさんが主任の頃にやってみました。あまり効果はなかったみたいです」
 「どんなふうにしましたか?」と私。
 「他の人に迷惑がかかるし、うるさいので、別の部屋に連れていって、おとなしくするように説得したり、なだめたりしていました。暴れたらこうなるぞ!って、罰にもなるし....。」
 「私が言うのは、罰でするのではありません。暴れたら、ひとりの職員が別の部屋に連れていって、隔離して、興奮がおさまるまでそっとしておきます。そのあいだAさんには、一言もしゃべらずただ見守っているだけにした方がいいと思います。興奮して自虐行為にでると困るので、その時はそれを回避しなければなりませんが、それ以外はAさんの身体に触れないでください。興奮状態からおとなしくなったら、静かな声で、「もうみんなと仲良くできそうかな?」と尋ねてあげてください。それで、「できる。みんなの所に戻りたい」といったら、みんなの所へ一緒に帰ってきてください」と提案しました。

 「こんなことでうまく行くはずはない」とみんな口を揃えて言いました。Kさんがやった方法と大差ないように感じたからでしょう。でも、私にとっては全く違うのです。
 行動の目的と思われることは何だったかというと、注意を引くことでした。Kさんのように、隔離して、説得するということは、「暴れたら、職員がかまってくれる」というAさんの好ましくない信念を強化することになるのです。Aさんが恐れているのは罰ではないのです。集団への所属意識がなくなることです。目がだんだん見えなくなっていく中で、誰にも声をかけられない、本当のひとりぼっち、その恐怖に比べれば、叱られたり、罰を受けたりすることはとるに足らないことなのではないでしょうか? それが意識に昇らなくても、無意識はそう捉えていたように感じます。
 もし、私たちが職場で急に暴れだしたら、どうなるでしょうか? きっと、誰も近寄ってくれなくなるでしょうね。「あいつはちょっとおかしい。変なやつ」と陰で言われて、友達が無くなるのではないでしょうか? それが普通ですね。そうとわかっているから、暴れだしたいような嫌なことがあっても、じっと我慢しているんです。それに、わざわざそんなことをしなくても、人を惹きつけるもっといい方法を知っています。ところが、Aさんの場合はそれが逆に、人を引きつける手段として使われるのです。障害者だからでしょうか? だとしたら、不幸なことです。暴れたり、人に掴みかかったりすると、友達が減る。その当たり前のことを、Aさんは経験せずに今まで来たのです。ここは、Aさんにもそのことを、(擬似的ですが)体験してもらうのが自然な対応だと思います。今までは、暴れたら人が寄ってきてくれたけど、本当はそうじゃないんだって。暴れたら、人がいなくなっちゃうんだって。だから、可能な限りひとりぼっちの状況に近い状態にする。だから、話しかけられても、一切返事をしないし、できるだけ身体にも触れないのです。
 これは罰と勘違いされやすいので言っておきますが、これは健常者と同じ保護されない社会を(擬似的ではありますが)体験してもらっているわけで、罰ではありません。「暴れたので、おやつをあげません!」というのは「罰」です。暴れることと、おやつが食べれないことになんの関連性もないからです。「暴れて、おやつを他の人に投げつけたので、残念だけど食べれないね」と言うのは、起こりうるべくして起こる結果です。自分で投げて、自分でその責任をとっているのですから、それ以外他の人に何も迷惑をかけていないので、きつく言う必要はありません。普通に言う方がいいです。ただ、それで職員が掃除をしなくてはいけない状況になったのならば、掃除をさせてしまった件に関しては、謝らなければなりません 。それが、失敗した時の責任の取り方でしたね。
 罰で隔離しているのではないのですから、みんなと仲良くできる状況になって、本人がみんなの所に行きたいと言えば、速やかにそうしてあげるべきです。当然その時に、「あなたのせいで....」などと余計なことを言ってはいけません。充分に体験を通して学んでいるのですから。

 背後にある意図の説明が充分できませんでしたので、そんな方法ではうまくいかないだろうという意見も出ましたが、かといって、それに代わる有効と思われる対処法も出なかったので、私の案を採用していただきました。私たちのやり方を納得していただくのは、短時間では困難な面があります。