子育て研究所

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Lesson 10-3 成長した子供へのスキンシップ

 このページはもしかしたら、私の偏見が入っているかもしれません。賛成できない方もいらっしゃるかもしれません。それはあなたが判断することですから、それはそれで構いませんので、ひとつの意見としてお聞きいただければと思います。

 スキンシップの重要性を説く教育の専門家の方も多くいます。子供にとってスキンシップは何より重要なこと、と説いておられます。なるほど、ごもっともです。私も異論はありません。しかし、そういった専門家の方の親へのアドバイス例を見てみると、
 「それはきっと、子供の頃のスキンシップが不足していたことが原因でしょう。今からでも大丈夫です。子供にしっかりとスキンシップをしてあげましょう。お子さんは高校1年生ですか? いつになっても子供はスキンシップが嬉しいものです。どうぞ、お母さん、スキンシップをしてあげてください。お子さんを抱っこしてあげてください」というのです。

 私はそういったことをして効果があった実例をこの目で見たこともなければ、聞いたこともありません。かといって、それで効果がなかったとか、逆効果だったということも聞いたこともありません。ですから、私はそれが悪いというつもりはありません。おそらく副作用もないでしょうから、実践してみられるのは結構なことだと思います。ただ、小学生ならまだしも、中学生や高校生にも抱っこをするというのが、ちょっと理解しにくいのです。いえ、決して悪くはないと思いますよ。でも、照れませんか? 親の方も勇気が必要だと思いますが、子供の方も勇気が必要なのではありませんか? それが自然であれば、とても素晴らしいことだと思いますし、抱っこやスキンシップをするのはいいと思います。しかし、居心地が良いのか悪いのかわからないような状態を、義務感から親がつくりだし、子供も「この親、何たくらんでんだ?」と思いつつ抱っこされるという状況を想像した時、果たしてそれが有効なのか、逆に子供にとってストレスなのか疑問に思うのです。

 仮に、小さいの頃のスキンシップが足りなかったということが真実であっても、もう大きくなってから、再度スキンシップを与えてリカバーしようとするのはどうも私の好みには合いそうにありません。子供の頃に、あまりおもちゃを買ってやれなかったといって、高校生の子供に、幼稚園児が遊ぶようなおもちゃを買ってあげて、子供は喜ぶでしょうか。まあ、それと、これとは別ですね。批判に都合のいい例を出して、惑わせようとするのは良くありませんでしたね。

 では、どうしたらいいのか。私だったら、この課で述べている「耳を傾けて子供の話を聴く」というのをお薦めします。耳を傾けて子供の話を聴くことを「傾聴」といいますが、それがスキンシップの代わりになり、抱っこの代わりになると思います。
 私には、親が無条件に我が子を抱きしめる姿と、親が無条件に我が子の話に耳を傾ける姿は、だぶって見えます。もちろん、子供が小さければ、抱っこしながら、ひざの上で、話を聴いてあげればいいと思います。子供が中学生ぐらいになると、親が抱っこしようとすると、もう嫌がるかもしれません。でも、親が子供の話を傾聴するのを子が嫌がるでしょうか。私はそれを嫌がる子供を知りません。大人だって、話をじっと聴いてもらえるのを嫌がる人はいませんよ。ですから、子供の頃の抱っこが足りなかったかなと思う人は、是非この課で述べている傾聴を実行してみてください。
 いや、是非子供とスキンシップがしたいという人も、まず、傾聴から入ってみてはどうでしょうか。いきなり大きくなった子を抱っこするより、親がじっと子供の話を聴くという受容の態度をしっかりと示してから抱っこする方が、お互いにとって抵抗が少ないと思います。

 傾聴が難しいと言いましたが、それは技術的な難しさよりも、継続の難しさです。自転車が乗れるようになる難しさより、自転車で毎日数キロの通学路を往復する方が難しいといった意味での難しさです。それがあまり難しくないという人は、きっと「(6)子供との話を楽しむ」ができている人だと思います。子供との話を楽しみましょう。最初は聞くことを意識しますが、それが定着すれば、同じぐらい聞いて、話してという関係が良いでしょう。それが、親と子が横の関係ということですから。
 多くのお母さんが最初は苦労するみたいですよ。言葉がついマシンガンのように出そうになるのを抑えるのがたいへんだそうです。そういった経験を通して、今まで子供にどれほどの言葉の銃弾を放っていたかに気がつく人も多いのです。

 まとめますと、「中高生の抱っこは傾聴」というのが私の意見です。抱きしめる代わりと思って、しっかり耳を傾けてみてはいかがでしょうか。