子育て研究所

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Lesson 11-4 事例 ひとつのグループとして扱う

 3人きょうだいの誰かが、いたずらで障子(しょうじ)に穴を開けました。お母さんはそれを見つけて、3人を呼び出して言いました。
 「誰がこんなことしたの! 正直におっしゃい!」
 しかし、誰も口を開きません。さらに、お母さんはひとりひとりに尋ねます。
 「あなたなの!」
 それでも、誰も「私じゃない」、「僕じゃない」と否定します。
 「いいえ、誰かが嘘をついています! 正直に言いなさい! お母さんは嘘つきは嫌いですよ!」
 それでも、誰も名乗り出ません。とうとうお母さんは、お父さんを呼んで来て叱ってもらいました。お父さんはお母さんより厳しく叱り、3人のお尻を順番に叩いた後、こう言いました。
 「さあ、誰がやったんだ。正直に言いなさい。」
 とうとう、ひとりが名乗り出ました。そして、その子供に障子の張り直しをさせました。

 子供が2人以上いる家庭では、誰しも似たような経験があるのではないでしょうか。子供どうしが親の注目を勝ち取ることを求めて、競争を繰り広げている場合には、ある子供は良い行いをして、ほめられることで親の注目を勝ち取ろうとし、別の子供はいたずらをすることにより、親の注目を勝ち取ろうとします。それが有効だとわかれば、子供はその手段を愛用するので、いつもこの子ばかりいたずらをするといったように、きょうだいの中での役割がはっきりしてきます。
 兄は勉強が得意だけど運動は苦手、妹は勉強が苦手だけど運動が得意という事実に対して、「お兄ちゃん、妹に負けないようにもっと運動を頑張りなさい」と言い、妹に対しては、「お兄ちゃんみたいに勉強しなさい」といったようなきょうだいの比較によって、競争心を煽って、子供を伸ばそうとする場合もあります。
 こういった競争は望ましい競争でしょうか、そうではないでしょうか。こういった競争はあまり望ましいものではないと考えられます。その理由は、子供が親からの評価を基準とした良い子を演じようとすることを助長するからです。この関係は、評価する者とされる者という楯の関係に他なりません。こういった方法で子供を動かしていると、子供は評価が受けられない、どう頑張ったって、お兄ちゃんにはかなわないというように感じると、次にはいたずらといった方法で親の注意を引こうとします。それは根本的な動機が間違っているからに過ぎません。

 さて、この事例の場合は、親の注目を引こうという段階ではなく、きょうだいが団結して親の権力に対抗しているという構図です。また、後の課で述べますが、一般的に、問題行動の進行の順序として、「親の注意を引こう」とする段階がさらに進むと、「親との権力闘争」の段階に移ります。この段階ですと、親に告げ口をするという行為が、子供にとって最も卑怯な行為となってきます。学校で言うと、「悪いな、先生に言いつけてやるぞ!」という段階の方から、「教師に対する反抗」の段階に移るのです。

 さて、上記の事例の場合では、どういった対処法が考えられるでしょうか。子供は団結しているのですから、あえてその団結を崩そうとしては、大きな反発を招くだけだということはおわかりでしょう。そういった場合は、連帯責任にすればいいのです。連帯責任という言葉に抵抗があれば、ひとつの集団として扱うと言い換えましょうか。それでは別のやり方を見てみましょう。

 「ねえ、あなたたち、みんなここに来て」と、子供たちを集めます。そこで、
 「障子が破れてるわ。3人できれいに直しておいてね。道具はここにあるから」と子供たち全員にさせればいいのです。この場合、子供たちだけでは困難だと感じれば、母親が手伝ってもいいと思います。しかし、そうでなければ子供たちだけでさせれば良いでしょう。
 「そんなの不公平だよ。僕がやったんじゃないのに」と言うかもしれません。
 「そうね、きっとあなたのせいじゃないと思うわ。でも、この障子をそのままにしておくわけにはいかないわ。だから、3人で元どおりに直して欲しいの」

 これでいいと思います。重要なのは、障子が元どおりになることであって、犯人が誰かを捜すことではありませんね。このやり方を見て、このホームページの2番目の事例として取り上げた、テーブルを片付けるやり方を思い出した方もいらっしゃるかもしれません。重要なのは、目の前の問題を解決することで、犯人を捜すことではありませんね。
 しかし、それでは関係ない子も後始末をさせられて、不公平ではないかと思うかもしれません。では、あなたは一生子供を全く公平に扱うことができるでしょうか。それは不可能なことです。不可能に向かって努力することは無益なことです。世の中にも、不公平なことはたくさんあります。しかし、その不公平にばかり文句を言い続けても、何の解決にもなりません。もちろん、不公平なシステムを改善する働きかけは重要だと思いますが、私は被害者だと叫び続けるだけでは、直接の解決には結びつかないものです。
 子供は公平、不公平ということを親や教師から学びます。そして、それを私たちへの攻撃の手段として利用します。原因を作っていない者にその後始末をさせることが悪いことだと考えていると、それを逆手にとって、自分に関係ないことはしようとしませんし、そうさせる親や教師には問題があるとでも言いたげです。また、「僕のことを信じていないの?」と、良い親や教師は子供を信じて疑ってはいけないという私たちの中にありがちな気持ちを突いてくるかもしれません。しかし、この場合、そういった判断は一切していないのです。親や教師がそういった思い込みを捨て、全員をひとつのグループとして扱うことが公平だと思っていれば、子供もそれが公平だと思うようになるでしょう。
 さて、このような対応に変えたところ、どのような変化が起こったでしょうか。いたずらは以前に比べ激減しました。その理由を尋ねると、こういう返事が返ってきました。「だって、ちっとも面白くなくなったんだ。それに、お兄ちゃんやお姉ちゃんが後始末をしなきゃいけなくなるし....。」