子育て研究所

躾(しつけ)、教育、育児に悩む親や教師のための学習サイト - 新しい子育て法を提案します

Lesson 3-1 教育の崩壊は何故起こる?

 第3課は難しいです。(今までも難しかったですか?) できるだけ分かり易く説明したいと思いますので、ご了承ください。

 現代は教育が難しい時代だといわれます。学校の先生も、文部科学省のお役人さんも、教育評論家も、どうすればいいか悩んでいます。そんな難しい問題をあなたはどのように考えますか? どこに現代の教育を困難にしている原因があると思いますか? 以下に、それに対する私の考えを示します。

 マルクスは歴史をこの次のように分析しました。
 「人類社会は、原始共産制、古代奴隷制、封建農奴制、近代資本制という発展進化過程を経てきた。その社会発展の原動力は階級闘争にある。人類は、無階級社会からはじまって、階級闘争を通じて、支配・搾取階を消滅させ、無階級社会に達する。これが人類歴史の必然コースだ」と。つまり、今までの人類の歴史を見てみると、差別的な上下関係は常に下に位置する者たちの革命によって、上下の無い社会へと近づいてきたということです。具体的に実際の歴史に当てはめてみますと、貴族と平民といった身分の差があった時代においては、平民は低い身分に我慢ができず、身分の開放を求めて運動や革命を起こし、男女が同権でない時代においても、女性の地位を向上させるような運動が起こり、今や法的な男女平等も保障されるようになったということです。
 私はマルクス主義者ではありませんし、マルクスの考え(共産主義)が間違いであったことは歴史が証明しているのですが、上記の歴史観に関してはある程度、的を射ていると考えています。(マルクスは出発点が違うので、結論が間違ってしまったのだと考えています。でも、それはここでは関係のない話です。それも語り始めたらとまらなくなるので割愛します。) 社会は昔に比べるとずいぶんと平等な社会になってきました。しかしながら、大人と子供の平等はいまだ実現されていません。マルクスのこの説のようになるならば、将来においては、大人と子供の平等が確立されるということです。
 あなたはどうでしょうか。「男が上で女が下である」という男尊女卑的な考えに賛成できますか? できないと思います。しかし、一昔前までは、男尊女卑の考えは至極当然のことだったのです。女性に参政権が与えられるようになったのは、それほど昔ではありません。その時代ではその考え(男尊女卑的考え)が一般的だったのです。多くの人がそれが当然だと考えていたのです。しかし、一部の先進的な女性たちが原動力となり、社会を動かし、その権利を勝ち取ったのです。同様に、あなたは大人と子供は平等であると心の底から思えるでしょうか。なかなか思えないのではないでしょうか。歴史の流れから考えると、現時点では大人と子供は平等であるといった風潮はありませんが、将来においては、そういった価値観が一般化してくる可能性は大きいと思います。
 ここでの勉強は、そうした先進的な価値観に基づく子育てをしていきましょうということですから、誤解から生ずる社会の風当たりは厳しいものがあるかもしれません。しかし、私たちは先駆者となり、新しい子育ての新しい道を切り開いていきたいと願っています。あなたがここまで読み進めて、私たちの意見に賛同していただくとすれば、あなたもその一員なのです。

 数十年前は、大人が上で子供が下という価値観が社会を支配していした。大人はもちろんそれが当然だと思っていますし、子供でさえも、そう思っていたのです。親は大人を敬うように、先生を敬うようにと子供に教え、子供たちもそれが当然だと感じていました。つまり、社会の価値観と大人、子供の価値観の間に差がなかったのです。ですから、その状態の時代は教育がうまくいっていたのです。
 もし、その時代に、「大人になんか従うものか、子供にも大人と同じだけの人間としての権利があるんだ」と考えて、そのごとくに行動する子供がいたら、どうなっていたでしょうか。その子供は、親も社会も敵にまわさなければなりません。もちろん、他の子供も「あいつは変だ」という眼で見るでしょう。そういった異端児は周りから寄ってたかって塞ぎ込まれるのです。社会全体がそういった時代には、そういった時代の子育て方法でうまくいったのです。つまり、「先生の言うことをききなさい」、「大人の言葉に従いなさい」が通用したのです。
 しかし、時代は進み、民主主義も定着してきました。時代に敏感な子供たちは、「大人の方が子供より上だというのはおかしい」と感じ始めたのです。子供にも権利を認めるべきだと感じ始めたのです。しかし、大人は古い考えのまま、「大人の言うことに従いなさい」と指導するのです。それでは歪が起こるのも当然です。その歪が最も激しかったのが、校内暴力が吹き荒れた昭和50年代です。大人は押さえつけようとするし、子供は自分たちの権利を勝ち取ろうとするのです。あたかも、歴史が階級闘争(身分の高いものと低いもの、資本家と労働者、男と女などが権利を求めて相争う闘争)を経てきたように、大人と子供も戦ったのです。その結果、歴史が示すように、子供の権利が少しずつ認められ始めました。善悪は別にして、学校の先生を絶対視する親もほとんどいません。逆に子供のいいなりになる親が増えたぐらいです。そのように、子供の権利が認められ始めますと、校内暴力や家庭内暴力は沈静化の状態に向かいました。そういった教育界の歴史は、まさしく、今私が述べたことを裏付ける現象ではないでしょうか。

 ずいぶん前ですが、地方の新聞社から、現代の教育の興廃の原因はどこにありますかと問われた時に、上記のように答えたのですが、充分に理解していただけなかったのか、数行にまとめられ、言いたいことがほとんど伝わらない文章になって紙面に載ったことがありました。お陰さまで、ホームページには文字数制限が無いので、充分に説明を入れて書かせていただきました。難解な文章ですが、ご理解いただけたでしょうか。ご理解いただいたとしたら、あなたは新聞記者よりも理解力が高いということになります。それくらい難しい話をしているので、理解できなくても落ち込まないでくださいね。それに直接には子育てと関係ないことですから。

 さて、このことから私たちは何を学ぶべきかといいますと、昔の教育の方法は現代では通用しないということです。時代が新しい時代に入ってきたのですから、教育方法も新しい時代に合うものにしなければならないのです。料理や家事の知恵はおばあちゃんに尋ねたらいいでしょう。お年寄りは知恵袋であり、生きた図書館なのですから。しかし、教育や躾に関する子育てをお年寄りに尋ねても、そのままでは利用はできないのです。今の時代には、今の時代に合った子育てを身につけなければならないのです。それは学校の先生も同じです。学級崩壊は若い先生のクラスにだけ起こっているのではないのです。40代、50代のベテランの先生方のクラスでもしばしば見られるのです。それは、以前には通用していた従来の子育て法が通用しなくなったということです。それを、「子供が変わった」と表現する人もいますが、私は次のように思うのです。「社会は民主化に向かい、時代と共に子供は変化した。しかし、大人も教育も、時代に取り残されている」と考えているのです。今までのような、「子供は黙って親(先生)の言うことを聞きなさい!」では通用しなくなったということです。お分かりいただけたでしょうか。
 さて、あなたはこれから何を学ばなければなりませんか? そうです。新しい子育てであり、民主的な子育てなのです。今までのやり方では破綻するでしょう。