子育て研究所

躾(しつけ)、教育、育児に悩む親や教師のための学習サイト - 新しい子育て法を提案します

Lesson 3-6 事例研究の解答例

 難しい問題ですから、うまく答えられなかったとしても、落ち込む必要はありません。もちろん、それまでの学校教育や家庭での教育が悪かったといえばそれまでですが、私たちにとって過去や他人を批判することはたいして役に立ちませんね。建設的ではありません。私たちが常に考えるべきことは、他人を批判し、過去を後悔することではなく、「今、私にできることは何か」、「これから取り組んでいけることは何か」ということではないでしょうか。他人を批判し、過去を後悔することで、前進するのならば楽なんですが、そうではないでしょう。ワイドショーでやっていることは、そういった類のことが多いのです。それで、教育について考えているように錯覚しているのですから....。もちろん、考えないよりずっといいのですが....。
 まず、この状況は民主的な状況だろうか、対等な関係だろうかと考えます。新成人たちは聞きたくもない話を強制的に聞かされなければならないのでしょうか? 外にいる新成人を無理矢理館内に入れておいて、「話を聞け!」という状況は、たとえどんな親切心からでも民主的な方法であるとは言えません。だって、学校じゃないんですもの。相手は私たちと同じ社会人ですよ。親や教師の小さな親切は、子どもたちにとってほとんど大きなお世話です。「人生の先輩がお前ら若ぞうに教えてやるから、しっかり聴いとけ!」では、納得しないのです。成人式では先輩の大人の話を拝聴するのが常識だというのは、今の若者には通用しません。そういった義務はないというでしょう。
 演台に立って話をする地方自治体の長と言われる人や立派な肩書きをお持ちの方が、「皆さんも二十歳になりました。法律的にも大人の仲間入りですね。成人式、おめでとうございます」というお祝いのメッセージを述べるのならまだ気分が良いのですが、「人生経験が少ない若造に対して、人生の先輩からありがたい言葉をくれてやるから、しっかり聞いとけ!」というような気持ちから、お説教的な話ばかりされると、ありがたい反面、中には面白くないと感じる人もいると思います。もちろん、人生の先輩から新成人のためを思って、いろいろと助言をすることは素晴らしいことだと思いますし、それを否定するわけではありませんが、上から下へものを言うというような、対等観を欠いた態度や尊敬を欠いた態度で臨むと、ウザイと思う若者が何人かいても不思議ではないと思います。荒れる成人式といっても、荒れているのはごくごく一部の若者だということは皆さんもお分かりのことだと思います。

 それはさておき、私が講演者ならこう言います。
 「主催者は全員館内に入って、私の講演を聴くように言いましたが、私はそんなに大した話ができるわけではありません。ですから、私の話を聴いてみたいという希望者だけ聴いてくだされば結構です。従って、聴きたくない人は遠慮なく外に出ていただいて結構です。あなた方にはそうする権利がありますし、聴かなければならない義務はありません。といっても外は寒いので、聴きたくない人ももちろん館内に居てくださって結構です。でも、館内に居る限りは私の話を聴きたいと思っている人の権利を尊重して、邪魔にならないように、携帯電話の電源を切っていただいて、私語も控えて下さるようお願いいたします。途中でおしゃべりや電話がしたくなった方は、講演を聴きに来た方々の権利を尊重し、できるだけ邪魔にならないように静かに、退出していただけるとありがたいと思いますので、よろしくお願いいたします」と、あくまでも、対等な横の関係を崩さないようにおだやかに話します。
 こうすることによって、民主的に、講演を聴きたい人の権利も聴きたくない人の自由も尊重できますし、これで何人退出しようと、主催者の面目をつぶさずにすみます。ある講演者が怒って、勝手に帰ってしまったことが話題になりましたが、それは主催者が困るだけで、当の成人たちは何も困らないのです。その人は若者にお灸をすえようとした結果が、主催者へのお灸になったようです。
 それでも、おしゃべりをしたり、携帯電話で話をする人もいるのでは? と思うでしょう。 まあ、私もこのような講演は依頼されたこともありませんし、予測はしきれません。しかし、少なくとも講演を聴くことを強制し、上からものを言う大人より好感は持たれるでしょう。また、会場に残っている人は話を聴く気持ちで残っている人も多いと思いますし、ある程度は静かにしてくれると思います。さあ、それでもおしゃべりをしたり、携帯電話で話をする人がいたらどうしましょう。
 「え~、そのあたりの方(おしゃべりしている人の周りの聴いている人を指して)、近くにおしゃべりをしている方が何人かいらっしゃいますが、私の声は聞こえますでしょうか? え~、聞こえるようでしたらお話を続けますし、ちょっと聞き取りにくいようであれば、周りの方のおしゃべりが終わるまで、しばらく待つことにしますが....。あの~、私がもっと大きな声でしゃべってもいいのですが、それは私も勘弁してもらいたいですし、前の方で聴いていらっしゃる方のもそうだと思いますので....。あっ、静かになったみたいですね。(おしゃべりをしていた人たちに向かって軽く礼をしながら)ご協力ありがとうございました」っていうのはどうでしょうか? 私の講座などで勉強した方はおわかりだと思いますが、この一連の言葉はマイナス的な感情を使わず、冷静にお願いし、お礼を言わなければなりません。若者が自由や権利を振り回すのは結構なのですが、それは同時に他人の権利も尊重すべきだということをきちんと理解していただかなくてはなりません。それが相互尊敬ということです。
 もちろん、日頃から未成年に対して、ひとりの人間として貴重に扱っていればそういったことはないのですが、大人からのそういう扱いに慣れた未成年たちは、大人といったら皆そういう態度だという先入観を持っているので、横の関係というよりも、このようにやや下気味から話をもっていくぐらいでないと、こちらの真意を理解してもらえないかもしれません。

 そういったやり方にはついて行けそうもないという声が聞こえてきそうです。今までの教育から見れば、ずいぶん腰抜けの対応のように思えるでしょうね。しかし、本当にこのホームページでお伝えしている子育てを実践してみた方は、思っていたよりずっと厳しい子育てだと口を揃えて言います。なぜなら、従来の子育ては子供を下に見て、一人前の人間として扱わないので、子供の失敗を全部大人が背負っていたのです。しかし、ここでお伝えしている子育ては、「あなたを一人前の人間として扱います。その代わり、自分の責任は自分で取ってくださいね」という子育てなのです。つまり、「てめえの落とし前はてめえでつけな!」ということです。ねっ、厳しいでしょ。