子育て研究所

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Lesson 4-4 事例の考察

 解説をしながら、対応例を述べましたが、もう少し補足をしておきましょう。

 まず、仲裁に割って入るタイプの対応ですが、そうする人は心の底で次のように考えている人です。「彼らは子供だから、大人が喧嘩の仲裁をしてやらなければ、自分たちで解決して、仲直りすることはできない」と。子供たちは、自分の身の回りに起こったトラブルを自分の力で解決する機会をひとつ失ったのです。これは子供の自立を援助しているとは言えませんね。ですから、教育の目標に反することをしているとも言えるのです。しかし、実際の現場では、子供の喧嘩を放っておいても良くならない場合があるとあなたは反論するかもしれません。そうです、確かにそういった場合も多いでしょう。
 ここでひとつ重要なことを述べておきます。子供に与えるハードルは高すぎてもいけないし、低すぎてもいけないのです。それは大人も同じだと思います。つまり、完全に大人が割って入って、「どっちが悪いの? お互いに謝りなさい」とやるのは、完全に大人が上の立場からものを言っています。しゃがんで話をすれば、子供の目線に立っていると勘違いしている人がいますが、いくら目線が同じでも、心が上からだと、子供の目線に立っているとは言えないと思いますよ。むしろ、心の目線の方が大事だと私は考えます。大人が、「警察や弁護士や裁判官や刑の執行人の役を同時にする」と表現しましたが、それでは学校の先生は忙しいはずです。本来するべきことを後回しにして、忙しくして、おまけに子供の問題解決能力を育てないとしたら、これほど不経済なことはありません。それに、同時に何役もこなすのは、民主主義的ではありません。国家が私たちにそんなことをしたら、どうですか? 独裁政治か戒厳令下の状態ですね。考えただけでも恐ろしいです。それを今までは善意の名の下(もと)に行ってきたのです。それが決して悪いこととは言いませんが、子供が間違ったリーダー観、エリート観を持つようにならないかと心配します。
 ハードルの話に戻りましょう。この場合、子供たちにはハードルが高すぎたのです。それは、決して子供にその能力がないといっているのではありません。それは能力不足ではなく、そういう経験をしてこなかった、という経験不足なのです。その証拠に、少し助けてあげるとちゃんとできたではありませんか。そうです、子供を育てるのは、スモールステップが大事なんです。高すぎてもダメだし、低すぎると生きる力が養われないのです。そのような、ちょうどいい塩梅(あんばい)の援助ができるように、あなたになってもらいたいのです。もし、あなたが今まで、教育やしつけがうまくいかなかったとしても、それは能力の不足ではなくて、何の不足でしたか? はい、このホームページではそれを補えるように、全力でフォローいたします。

 今までのあなたは、喧嘩の仲裁を上手にできる人がしつけの上手な人だと考えていたかもしれません。そうではなく、子供が自分で解決する力、つまり自立する力であり、生きる力を育てるのがいい教育ではないかと思いはじめたのではないでしょうか。今までのことはもう過ぎたことですから、気にする必要はありません。これから少しずつ、あなたもスモールステップで進んでいくならば、素敵なお母さん、素敵な先生なのです。今までできていなかったと悔やむ必要はありません。

 さらに付け加えると、私たちは言葉を重要視します。「あのね、春夫君がおもちゃをひとり占めするの」という言葉は、事実を表した言葉に過ぎません。秋夫君は問題解決をこちらに全面的に任せようとしています。それでは、春夫君を叱って欲しいのか、おもちゃを取り返して欲しいのか分かりません。どのようにして欲しいのかを言葉で説明する練習も、時々した方がいいと思います。
 例えば私は保育園などで、「先生、箸が落ちた」といっても、「そうね、箸が落ちてるね」と答えたりします。「箸が落ちたから、拾って欲しい」まで言って、はじめて箸を拾ってあげます。「先生、教科書忘れました」というのもありますよね。どう対応しますか?
 これは多少意地悪く感じるかもしれませんが、自分でしたいことを言葉にして表すということは、私たちが考える以上に大切なことのようです。その証拠に、言葉にして、「春夫君が遊んでいるおもちゃで遊びたい」というのが、はっきりと言葉に出ると、「おもちゃを貸して」という建設的な解決方法に向かうことができるのです。それを言葉にせずにうやむやにしていると、おもちゃを貸してもらうことが目的なのに、春夫君を叱ってもらうことが目的になったりします。はっきりと言葉にすることによって、目的が明確になります。
 こういったことは大人になれば自然にできるようになるかといえば、そうではないようです。つい先日も、ある教育のメーリングリストで、「男ははっきりと言ってもらわないとわからないのに、女は言わなくても分かって欲しいと思っている」ということが話題になっていました。夫婦だから、テレパシーを信じたい気持ちも分からないではありませんが、これからの国際化社会ではそういった古き日本の伝統的な夫婦のあり方は通用しないのかもしれません。夫が「おい」と言っただけで、妻には灰皿なのか、お茶なのか分かるというのも、ひとつの理想ですが、それは家の中だけでしか通用しないのです。家の中でしか通用しないことを教えるより、世界中何処に行っても使える技術を見につける方が有効でしょう。もちろん、夫婦の間だけ、家族の間だけの秘密(?)も大切にしてください。それは愛情を深める上で大切なことだと思いますから。
 本題から逸れましたね。逸れたついでに宣伝をいたしますが、子育て相談という形で、メールでのカウンセリングも行なっていますが、それは子育てだけではなく、夫婦間の悩みもOKです。このように教育を学ぶと、他の分野にまで応用できるから便利です。

 どうでしたか? 子供の喧嘩ひとつとっても、説明しなければならないことがたくさんありますし、皆さんから見れば、習得しなければならないことがたくさんあるでしょう。トップページには、楽な子育てと書いてあったのに、全然楽じゃないと思われるかもしれませんね。でも、子供が伸びていく姿を見るとそんなことは一気に吹っ飛びますよ。ちょっと涙ぐみそうになるぐらい感動しますよ。(それに、慣れれば絶対にこの方が楽なのはお分かりですよね。)
 訂正しておきます。慣れるまでは決して楽ではありませんし、慣れても完全に楽になるのでもありません。しかし、「無理ない子育て」に近づけると考えています。今までは、お母さんも、子供も、無理をしていませんでしたか? 「お母さん、子供に早く早くと言わないでくださいね」という助言だけでは、やっぱりお母さんにストレスを与えてしまうのです。助言をするなら、「早く」という代わりに、こうしましょうというところまでアドバイスしてあげないと、結局お母さんが言いたいことを我慢することになって、お母さんに無理なストレスがかかってしまうのです。
 決して楽な子育てではありませんが、「無理ない子育て」に近づくと思います。これに懲りずに、続きも読んでくださいね。